かんてんぱぱというと、4月ごろ、
伊那谷にあってこそいい会社 - 書評 - リストラなしの「年輪経営」
で話題がでてましたので、興味がありました。
なんだか地元での消防団や、商工会の活動を連想させるお話が結構ありました。
それは別の言い方をすると、宗教や、軍隊や、寺や、村などを思わせる、社会主義のいい部分のようなものあらわれているから、なのだろうと思います。
それが、dankogaiのいう所の、「私がこの会社で幸せになることは、ありえないだろう。」
という部分だろうと。私の場合はここにいたら幸せになれるだろうか。
どうしても気になったので、質問をぶつけてみました。
?新入社員の採用の基準のようなものは何か。
?離職者(とくに近年の「若者」の社員)はどうか。
新入社員は、「庭石をどうすればきれいにならべられるか」というような変わったペーパーテストと、伊那食品工業への共感を持ってもらえること、それと面接官の直感で決めるとおっしゃっていました。
ペーパーテストが高すぎても取らない場合がある、というのには笑った。「うちに来なくてもしあわせになれるだろう」ということらしく、徹底してるように思います。
これは、まぁ予想していた答えです。
で、そうなると、その場合の離職者はどうか、ということが気になるわけで。面接だけで、人の本質なんてわからないだろうから、特に近年、若者の離職者が多いことなどが話題にあがるなか、多少の離職者はでてしかるべきではないかと、思いました。
しかし、結婚などのやむをえない理由を除き、皆無なのだとか。
そうとう居心地がいいんでしょうね。これぞはじめに書いた、村のいい部分かと。
つまりは、採用の基準にあるものは、
・無個性(素直)な、会社に染まる人間を採用する。
・突出した才能は必要ない。
ということかもしれません。
「私の場合はこの会社に入社したとしたら、幸せになれるだろうか。」
そもそも、私のように出る杭は、入らせてもらえなさそうですね。ただ思うのは、この会社に染まってしまった社員は、とても幸せなのかもしれない、ということ。
私の地元のような、村社会が強いところでは、それをメリットと捕らえ、そこを強化するような活動が的しているのかなぁ、なんて思いました。ワッショイワッショイのノリというものは、入ってしまって、慣れてしまえば、とても気持ちよくて、幸せになれるだろう、とは思うのです。
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