2011年9月5日月曜日

かんてんぱぱ(伊那食品工業様)の専務様のお話をききにいきました。

かんてんぱぱというと、4月ごろ、

社員の幸せを露骨に追求する会社

伊那谷にあってこそいい会社 - 書評 - リストラなしの「年輪経営」

で話題がでてましたので、興味がありました。

なんだか地元での消防団や、商工会の活動を連想させるお話が結構ありました。

それは別の言い方をすると、宗教や、軍隊や、寺や、村などを思わせる、社会主義のいい部分のようなものあらわれているから、なのだろうと思います。

それが、dankogaiのいう所の、「私がこの会社で幸せになることは、ありえないだろう。」

という部分だろうと。私の場合はここにいたら幸せになれるだろうか。

どうしても気になったので、質問をぶつけてみました。

?新入社員の採用の基準のようなものは何か。

?離職者(とくに近年の「若者」の社員)はどうか。

新入社員は、「庭石をどうすればきれいにならべられるか」というような変わったペーパーテストと、伊那食品工業への共感を持ってもらえること、それと面接官の直感で決めるとおっしゃっていました。

ペーパーテストが高すぎても取らない場合がある、というのには笑った。「うちに来なくてもしあわせになれるだろう」ということらしく、徹底してるように思います。

これは、まぁ予想していた答えです。

で、そうなると、その場合の離職者はどうか、ということが気になるわけで。面接だけで、人の本質なんてわからないだろうから、特に近年、若者の離職者が多いことなどが話題にあがるなか、多少の離職者はでてしかるべきではないかと、思いました。

しかし、結婚などのやむをえない理由を除き、皆無なのだとか。

そうとう居心地がいいんでしょうね。これぞはじめに書いた、村のいい部分かと。

つまりは、採用の基準にあるものは、

・無個性(素直)な、会社に染まる人間を採用する。

・突出した才能は必要ない。

ということかもしれません。

「私の場合はこの会社に入社したとしたら、幸せになれるだろうか。」

そもそも、私のように出る杭は、入らせてもらえなさそうですね。ただ思うのは、この会社に染まってしまった社員は、とても幸せなのかもしれない、ということ。

私の地元のような、村社会が強いところでは、それをメリットと捕らえ、そこを強化するような活動が的しているのかなぁ、なんて思いました。ワッショイワッショイのノリというものは、入ってしまって、慣れてしまえば、とても気持ちよくて、幸せになれるだろう、とは思うのです。